公平な面接
来春卒業の高校生の採用試験が全国でピークを迎えていると思う。
当社も先日、高校生の採用試験を行った。
試験内容は筆記試験と面接。
その準備を行っていたときに前任者の先輩から、ある書類を渡された。
その書類には「面接の基準を揃えるために同一の質問をする」と言う文章とともに質問が20個くらいあった。
後述するが私の考え方(ていうか普通の考え方だと思うが・・・)ではナンセンスだったので、「こんなの使うんですか?」と聞いたところ、激怒して、へそを曲げてしまった。
(いい大人のクセにそれ以後、口をきいてくれない)
その先輩曰く、「全員に同じ質問をすることが公平な面接だ」ということらしい。
愕然とすると同時に、開いた口が塞がらない。
「何のために面接をするのか?」ということを考えれば、この先輩のような考え方には絶対にならないはずである。
千差万別、十人十色の応募者の個性、人間性、ポテンシャルを限られた時間の中で見抜く、引き出してあげ、当社で社会人としてやっていけるか?ということをみるのが面接である。
にもかかわらず、全員に同じ質問をして、それがわかるのか!!
はっきり言おう、「絶対に無理!!」である。
学校で部活をがんばった子もいれば、勉強をがんばった子もいる。
バイトをがんばった子もいるかもしれない。緊張している子もいれば、場慣れしている子もいる。
その子達の本質を見抜こうと思ったら、必ず一人一人に違う質問になるはずであるし、逆に一人一人に合った質問ができないような面接官は失格である。
仮にその面接官が人事部長であればそんな人事部はいらない、ということになる。
「面接の基準を揃えるために同一の質問をする」
字面だけを読めば、もしかしたら公平そうに見えるかもしれない。
であれば、面接なんかしなくても、紙に質問を書いて書かせるのとなんら変わらなくなってしまう。
きっとこの考え方の先輩に言わせると、
「もし、受験者から『あの子にはこの質問をして、私にはしてくれなかった。だから落ちた』と言われたらどうすんだ!!」ということになるのだろう。
はぁ〜〜、いかにも「お役所的発想」である。
その場合は堂々と「あなたのことをよく理解しようと思ったから、こっちの質問にした」と言えばいいだけである。
そもそも面接に客観性を求めるのが誤りである。
「この子が当社でやっていけるか?」「この子と一緒に働きたいか?」極論すればどんな会社の面接の基準もこの2点である。
この基準に客観性なんかあると思いますか?
ないです。思いっきり主観だけである。
でも、面接はそれでいいんです。
よく面接はお見合いに例えられるでしょ?
合うか合わないか、そこだけを見る。
だから、落ちてもただ単に「合わなかった」だけと考えてください。
決して受験者が劣っているわけでありません。
これから面接を受ける人、質問を棒読みしてる感じの会社にはいかない方がいいですよ。
【今日の言葉】
「人は不快な記憶を忘れることによって防衛する」(S・フロイト)
当社も先日、高校生の採用試験を行った。
試験内容は筆記試験と面接。
その準備を行っていたときに前任者の先輩から、ある書類を渡された。
その書類には「面接の基準を揃えるために同一の質問をする」と言う文章とともに質問が20個くらいあった。
後述するが私の考え方(ていうか普通の考え方だと思うが・・・)ではナンセンスだったので、「こんなの使うんですか?」と聞いたところ、激怒して、へそを曲げてしまった。
(いい大人のクセにそれ以後、口をきいてくれない)
その先輩曰く、「全員に同じ質問をすることが公平な面接だ」ということらしい。
愕然とすると同時に、開いた口が塞がらない。
「何のために面接をするのか?」ということを考えれば、この先輩のような考え方には絶対にならないはずである。
千差万別、十人十色の応募者の個性、人間性、ポテンシャルを限られた時間の中で見抜く、引き出してあげ、当社で社会人としてやっていけるか?ということをみるのが面接である。
にもかかわらず、全員に同じ質問をして、それがわかるのか!!
はっきり言おう、「絶対に無理!!」である。
学校で部活をがんばった子もいれば、勉強をがんばった子もいる。
バイトをがんばった子もいるかもしれない。緊張している子もいれば、場慣れしている子もいる。
その子達の本質を見抜こうと思ったら、必ず一人一人に違う質問になるはずであるし、逆に一人一人に合った質問ができないような面接官は失格である。
仮にその面接官が人事部長であればそんな人事部はいらない、ということになる。
「面接の基準を揃えるために同一の質問をする」
字面だけを読めば、もしかしたら公平そうに見えるかもしれない。
であれば、面接なんかしなくても、紙に質問を書いて書かせるのとなんら変わらなくなってしまう。
きっとこの考え方の先輩に言わせると、
「もし、受験者から『あの子にはこの質問をして、私にはしてくれなかった。だから落ちた』と言われたらどうすんだ!!」ということになるのだろう。
はぁ〜〜、いかにも「お役所的発想」である。
その場合は堂々と「あなたのことをよく理解しようと思ったから、こっちの質問にした」と言えばいいだけである。
そもそも面接に客観性を求めるのが誤りである。
「この子が当社でやっていけるか?」「この子と一緒に働きたいか?」極論すればどんな会社の面接の基準もこの2点である。
この基準に客観性なんかあると思いますか?
ないです。思いっきり主観だけである。
でも、面接はそれでいいんです。
よく面接はお見合いに例えられるでしょ?
合うか合わないか、そこだけを見る。
だから、落ちてもただ単に「合わなかった」だけと考えてください。
決して受験者が劣っているわけでありません。
これから面接を受ける人、質問を棒読みしてる感じの会社にはいかない方がいいですよ。
【今日の言葉】
「人は不快な記憶を忘れることによって防衛する」(S・フロイト)
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